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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)4922号 判決

亡矢代宏訴訟承継人

原告 矢代明

亡矢代宏相続財産管理人兼亡矢代宏訴訟承継人

原告 矢代純仁

右原告ら訴訟代理人弁護士 倉田靖平

被告 大王産業株式会社

右代表者代表取締役 戸沢由雄

右訴訟代理人弁護士 泥谷伸彦

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの連帯負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(請求の趣旨)

一  被告は原告らに対し、別紙物件目録不動産の表示欄(一)ないし(五)の不動産(以下「本件不動産」という)について、同目録登記の表示欄(一)、(二)の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

(請求の趣旨に対する答弁)

主文同旨

第二当事者の主張

(請求原因)

一  主位的主張

1 亡矢代宏及び訴外矢代正一(以下「矢代正一」という)は被告との間に、昭和四六年一〇月二二日、別紙物件目録不動産の表示欄(一)ないし(六)の不動産(以下「本件契約の全不動産」という)につき、亡矢代宏、矢代正一を売主、被告を買主として、次のとおり売買契約を締結した。

(一) 代金 六五〇〇万円

(二) 亡矢代宏、矢代正一は本件契約の全不動産につき直ちに被告に右売買を原因とする所有権移転登記手続をする。

(三) 亡矢代宏、矢代正一は昭和四七年一月三一日限り、右不動産を被告に明渡す。

(四) 被告は右両名が右明渡をするのと同時に金五〇〇万円を右両名に支払う。

(五) 以上の他に、被告は、亡矢代宏所有名義に係る本件不動産につき存在する、訴外太陽銀行の金四〇〇〇万円、訴外太陽生命保険の金一四〇〇万円、訴外山田弘孝の金五七〇万円、計五九七〇万円の抵当債務元金及び利息合計六〇〇〇万円の被担保債権につきその債務を被告が亡矢代宏にかわって支払う。

2 亡矢代宏、矢代正一は右売買契約に基づき別紙物件目録登記の表示欄記載のとおり被告に対し所有権移転登記手続をした。

3 亡矢代宏、矢代正一は昭和四六年一二月二〇日被告到達の内容証明郵便で、前記金六五〇〇万円の売買代金のうち本件契約の全不動産の明渡時に支払われるべき金五〇〇万円を除外した、金六〇〇〇万円部分の支払を催告するとともに右催告到達後三日以内に右金六〇〇〇万円の支払いがないことを停止条件として前記売買契約を解除する旨の意思表示をした。

よって右売買契約は同年一二月二三日の経過により解除された。

二  予備的主張

仮に右一の事実が認められない場合は、原告らは次のとおり主張をする。

1 亡矢代宏と被告間に、昭和四六年一〇月二二日、本件契約の全不動産について、次の債権を担保する為の譲渡担保契約が締結された。

(一) 債権額 六五〇〇万円

(二) 利息 一か月四分

(三) 弁済期 昭和四七年一月三一日

2 亡矢代宏と被告は右譲渡担保契約に基づく所有権移転登記手続をせず、そのかわり昭和四六年一〇月二二日、別紙物件目録登記の表示欄記載のとおりの所有権移転登記手続をした。

3 被告は亡矢代宏に右六五〇〇万円の貸付けをしなかった為、亡矢代宏は被告に対し、昭和四六年一二月二〇日到達の内容証明郵便で右譲渡担保契約を解除する旨の意思表示をした。

三  亡矢代宏は昭和五二年一〇月一〇日死亡し、その子である原告らがその権利義務を相続承継した。

四  よって原告らは被告に対し、本件不動産につき、別紙物件目録登記の表示欄(一)、(二)の所有権移転登記の抹消登記手続をなすことを求める。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因一1記載事実については、そのうち(一)の事実及び(五)の事実のうちの「以上の他に」とある部分を否認し、その余は認める。

即ち、本件売買代金は六五〇〇万円であって、そのうち六〇〇〇万円については1(五)記載の抵当債務の支払を被告が亡矢代宏にかわってすることにより支払となし、残余の五〇〇万円は1(四)記載のごとく亡矢代宏、矢代正一が本件契約の全不動産を明渡すのと同時に支払うことになっていたのみであり、その他に六〇〇〇万円を支払う旨の合意はない。

二  同一2の事実は認める。

三  同一3記載の意思表示がなされたことは認めるが、解除の効力は争う。

四  同二の予備的主張については、原告らは昭和五四年七月一八日の第四三回口頭弁論期日において、請求原因二記載事実と同一内容の主張をしたが、被告が同年九月一二日の第四四回口頭弁論期日において右主張の失当である旨を指摘したところ、原告において右主張を撤回した。しかるに、昭和五五年三月六日の第五一回口頭弁論期日において、原告らは前記主張をむし返してきたのであり、かかる結審間際の真摯さを欠く主張のむし返しは、徒らに訴訟を遅延させるものであり、時期後れの主張として民訴法一三九条により却下されるべきである。

五  同三の事実は認める。

六  同四については争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因一1記載事実については、そのうち(一)及び(五)の事実中「以上の他に」とある部分を除いたその余の各事実につき、当事者間に争いがない。

同一2、3の各事実(3については解除の効力について争いがあるが)及び同三の事実についても、当事者間に争いがない。

二  本件につき原告ら及び被告は種々の事情を主張するが、結局原告らの主位的主張について問題は、請求原因一1の売買契約の代金六五〇〇万円のうちに同一1(五)の抵当債務の支払が含まれるか否かに帰するといってよい。

原告らはこれらの点につき、右売買代金六五〇〇万円の他に右抵当債務の支払が契約内容となっていたのであるから、右代金のうち金六〇〇〇万円の支払を被告はなすべきであり、被告がこれをしないので同一3記載のとおり右売買契約は解除された旨主張するので、以下この点につき検討する。

《証拠省略》によれば、本件契約の全不動産は、本件売買契約当時少なくとも一億円以上の価値を有していたことが認められるが、客観的に右不動産の価格が右の程度であったことと、売買契約当事者が具体的にどのような金額及び内容を定めたかとは別であり、前者から後者に必ず結びつくということにはならない。なるほど、証人小宮春光の証言により成立の認められる甲第五号証、同稲村要三の証言により成立の認められる甲第六号証及び証人稲村要三、同矢代正一の証言のうちには、売買代金六五〇〇万円の他に抵当債務の支払が契約内容となっていることが窺えるかのごとき部分があるが、他面、証人稲村要三、同矢代正一の右各証言については前後矛盾したりあいまいな点が多く、証人稲村要三、同小宮春光の証言によれば、同証人らは、売買契約当時被告の代表取締役であった戸沢正夫とその後反目するようになったことが認められ、被告会社の関係者である右両名等が、亡矢代宏に協力するかのごとき右甲第五、第六号証に署名をするについては、右反目を前提とすると必ずしも右甲号証の内容を真実として署名したものであると断定しがたい。

のみならず、《証拠省略》によれば、金六〇〇〇万円について売買契約当時に亡矢代宏、矢代正一は領収書を被告に交付したことが認められ、《証拠省略》によれば、前記六五〇〇万円のうちに抵当債務支払の部分が含まれている旨を確認する趣旨の乙第五号証に、亡矢代宏、矢代正一が自署したこと並びにその後亡矢代宏らによって内容証明郵便等により同号証記載内容を直ちに撤回、訂正する旨の手段がとられていないことが認められる(もっとも証人矢代正一は同号証に自署したのは被告が実質的に支配する訴外明治薬科学株式会社に勤務していられないおそれ等から真実でないと知りながら自署した旨述べるが、合理的な理由とは考えにくい)、更に前掲各証拠によれば、矢代正一は別紙物件目録不動産の表示欄(六)の不動産につき原告らと同様に被告に対し抹消登記手続を求める訴を提起していたが、その後被告と特段の解決方法もとらずに訴の取下をしてしまったこと等が認められ(証人矢代正一は右明治薬科学株式会社を退職するにつき相当額の退職金をもらう為に訴の取下げをした旨証言しているが、必ずしも明解な理由とは考え難い)、右認定を左右するに足りる証拠はない。

従って、以上のごとき事情にかんがみると、原告らの立証において肝心の矢代宏の死亡により同人の具体的供述を得ることができなくなったというマイナス事情を考慮にいれたとしても、原告らにおいて主張する本件売買契約の内容として代金六五〇〇万円の他に抵当債務支払の約がなされたことを認めることは困難であり、結局これを認めるに足りる証拠はないものと言わざるを得ない。

してみれば右主張事実を前提として、売買代金のうち六〇〇〇万円の支払を怠っているとして本件売買契約を解除した旨の原告らの主張は採用できないと解するのが相当である。

三  原告らは、右売買契約解除が認められない場合に前記請求原因二記載のごとき譲渡担保契約解除の主張をするが、右主張は必ずしも明確なものではなく、同主張は長期に亘る本訴の主張立証活動のほぼ最終段階に近い第四三回口頭弁論期日において主張されたもの(従来何らの主張立証のなかった事実について突然主張)を第四六回口頭弁論期日において撤回したものと同一であり、しかも結審時の第五二回口頭弁論期日においてむし返されたものであり、その意図は明瞭ではないが、弁論の全趣旨にかんがみると、右主張は重大な過失によって時機に後れて提出した主張であり民訴法一三九条一項により却下をまぬがれ得ないものと解される。のみならず原告らの右予備的主張を認めるに足りる証拠はない。

四  以上によれば、原告らの被告に対する本訴請求は失当であり理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条、九三条一項但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 島田周平)

〈以下省略〉

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